Why do we go to school and study?
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私たちは、なぜ学校に行き勉強するのか?
《何のために勉強するのか》
世界の六歳から十一歳までの就学年齢の子どものうち、現在約一億人が学校に通えず、十億人の大人が読み書きできません。そして、もっと多くの人たちは、高校や大学に行けません。世界の子どもたちの大多数は貧しさとか、ただ単に先生や教科書が不足しているという理由だけで学校に通えないでいます。
日本では、ほんとうに勉強したいという人たちには基本的には教育の道は開かれています。日本の子どもたちは、休まず学校に通い続け、勤勉です。アメリカやアフリカやヨーロッパでは一日に八時間以上も勉強する子どもはまれです。宗教的な休日に加えて、数多くの国家的祝日の他に三か月に及ぶお休みを彼らは楽しんでいます。多くの日本の子どもたちは、一日に合計すると十二時間から十四時間も学校や塾で過ごし、友達と遊ぶ時間はほとんどありません。私はその忍耐強さと我慢強さに敬服します。
私が日本の学校でアフリカについて話をする時、生徒にどうしてそんなに懸命に勉強するのか、とよく尋ねてみます。この信じられないくらいに熱心に、驚くほどの犠牲をはらってまで勉強するその目的はなんなのでしょうか?
いくつかの注目していいような例外もありますが、私が得た答は、どこでもほとんど同じでした。第一の動機は、よりいい上級学校、そして最終的には、華やかな職業につけるよう、さまざまな受験に向けて準備万端を整えることです。
《学校は就職のためではない》
日本の生徒は、いい仕事につくとお金をたくさん稼げ、すばらしく快適で堅実な人生を送れるものと思っています。生徒たちが私に話してくれたことによると、彼らが学校でできるだけの多くのことを学ぶのは、医者、技術者、看護婦、ビジネスマン、官僚などになる夢を実現したいと思っているからだといいます。中には、援助を欲している人たちを助けるために必要な知識を得たいと望んでいる人もいます。私はこうした理由で学校に行くのは賛成です。しかし、私は一方に偏らない、完成された個人として成長することが、勉強のまず第一の目的だと思っています。入学試験や職業が保証されることは、非常に重要なことですが、学校を卒業し、希望の職業についてみると、それは人間の成長のほんの一部分だけを果たしたということに気がつくでしょう。人生とは、ほとんどの皆さんがいま想像していることよりも、はるかに大きなものであり、もっと気高いものです。
教育とは、大気が人間の体を支えるためにあるように、心のためにあるのです。大気は豊富にあるので、私たちはそのありがたさがわからないし、私たちの生活に大切な役目を果しているのを忘れがちです。大気に酸素がなければ、ほとんどの植物も人間の生活も維持できません。酸素が不足すると病気になったり、時には死ぬこともあります。教育とは心の酸素です。今日の日本には十分過ぎるほど学校があり、たくさんの教科書や図書館があります。こんなにたくさんの知識のよりどころがあると、人々はそのありがたさを忘れてしまいがちです。人間にとって知識がどれだけありがたいかということを忘れがちです。
《教育は知的な生活を送るため》
正当な教育から得た知識がないと、人生は十分な日光と酸素なしで育てた植物のようになってしまいます。たとえ生き残ったとしても、その植物はたぶん果実をつけないでしょう。教育は意義ある知的な社会生活を支えるために必要な知識を私たちに与えてくれるのです。もっと重要なことは知識は、自由と自信を与えてくれます。もし、無知で、読み書きができないとすれば、常に他人を頼りにして何か重要なことを決めようとする時、翻訳してもらうことになりますし、真実がわからないままになってしまいます。教育を受けることで、私たちの周りに起こっていることがよく理解でき、それをコントロールできるのです。私がいう環境とは、人間を取り巻くすべてであり、人生です。周りの人たちや他の国々や文化との関係であり、政治的、社会的機構であり、樹木や花々などです。
《学校は視野を広げるところ》
本来、学校は人の心を健やかに育て、人間形成を順調に行うところです。学校で人は自分と他人を理解することを学びます。先生のお話や教科書のほかに、学校での日々の経験から自分の価値ばかりでなく、判断力も育てていくのです。私たちが生きている世界に、どんなことで貢献していくべきかを決めることもできるのです。あなたのクラスメートとの交流も貴重な学びの体験になります。意見を交換したり、情報を教え合ったり、自分の信念を広げたり、友達のもっている違った面でのよさがわかり、自分に取り入れる機会ともなります。教室の外では他人を尊敬するようになるし、友情、愛、誠実さ、正義、勤勉、約束事に忠実であることが大切であるという人生の醍醐味を学びとります。
学校が皆さんに用意しているものは情報をすばやく探し出すこと、自分で系統だてて考え、そして理論的に結論を出すことなどです。知識が増えるにしたがって、ひどい偏見がなくなるでしょう。偏見は無知の産物です。
情報伝達や交通の発達に伴って、世界はひとつの小さい集落になってきました。勉強をすることであなたは心を広げ、ほんとうの活動的な国際人になることができます。世界で今何が起こっているのかを理解して、どうしたら地域的な小さい活動が、みんなのためのより良い世界を築くための前向きに貢献できるかがわかるようになるでしょう。でなければ、この時代に生きていることにならないのです。国際理解が足りないことは、皆さんの見方が狭いだけでなく、利己的で後ろ向きになっていることになります。世界で起きている飢餓や不公正、貧困、非識字のような大きな世界的問題は、知識なしでは解決できません。あなたがたは現在教育を受けていますから、その解決に前向きにかかわりをもつことができます。
教育はあなただけでなく全世界のためにいいことです。きっと皆さんは歴史の勉強で、無知なるがために世界ではたくさんの不必要な悲劇や、多くの血なまぐさい戦争を引き起こしていることを知ったでしょう。あなたや他の人を教育することは、平和と公正のためになくてはならないものです。
《教育は人間的な成長のために》
人間とはなんでしょうか?肉体やそれを覆っている衣服は問題外です。ほんとうの人間の本質は権力や、お金や名声ではありません。その人間が他の人の記憶に残るときは、その人が感じたこと、思ったことについて、彼が何をどのように考え、話したかによります。彼がとる行動というのは、彼の内面の成長、知恵、心の豊かさを如実に他の人々の目に示すのです。教育がなかったら、人間は情緒、精神、知的な成長の機会を失います。
もちろん、学校は個性を完成させるために必要な知識を得ることのできる唯一の場所ではありません。今まで知識と知恵をもって世界に貢献し、すぐれた業績を残したたくさんの偉人は、学校にほとんど行かなかったか、アインシュタインのように、学校に行っても、最初はだめな学生だったのです。知識を得るにはいろいろと多くの方法があります。けれども、学校は楽しい人生(忙しいだけでなく)の基礎を築くためには、てっとりばやい手段です。だから学校を活用しましょう。今、手にしているそのチャンスを逃さないようにしよう。皆さんが自信に満ちあふれ、エネルギッシュで、決断力があり、創造性に富んでいて、生き生きとして、しっかり発言できて、問題をどんどん自分で解決していける人になっていくと、たいていの人は皆さんを、うらやましがり、尊敬するでしょう。
《ほんとうの幸せとは》
貧富を問わず、教育は、人が成長を遂げ、人生の成功の花を咲かせる種なのです。受験のためでなく、将来いい仕事につくためだけにのみに勉強はしないでください。あなた自身のために、あなたの人生計画をはっきり打ち立てるために勉強をしてください。忘れないでいて欲しいことは、「幸せ」とは私たちが何を所有するか、たとえば、お金とか、車や、家や、ステレオなどがもてることではなくて、私たちが誰であるか、誰と密接に人間関係をもっていくかによって決まるということです。私たちは魂があり心があって人間なのです。あなたの魂と心が、あなたを真の人間たらしめ、植物とか動物などの他の生物と一線を画させているのです。教育が知識を注ぐことによって、あなたの心を育てあげます。だから学校をただ忙しいところだけでなく、実りある体験のできるところにしてください。
最後に、今年1992年が皆さんにとって幸せで、平穏なすばらしい年であるように祈ります。
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